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墨の歴史 日本編 明治以降から昭和初期

明治以降から昭和初期

明治時代に入ると日本でも奈良を中心に、様々な墨造りが出るようになります。  しかし、江戸、明治とも中国のものに比べると、品質的に劣り、大半は中国の墨だったといえるでしょう。
二十世紀に入ると鉱物油煙(カーボンブラック)が原料として使われるようになりました。 戦前の墨は主として、学校習字教育用墨、事務用墨であります。
それも戦争に入り、統制経済に入ってからは、墨の原材料が絶対数不足となり、 なお統制価格による技術低下でこの期間には見るべきものはありません。
当時はただ墨を間に合わすだけが精一杯で、良質の墨を造るということは考えるひまもありませんでした。 むしろ、膠の代用品を探し求めていたありさまです。
墨の原料は軽油、重油、菜種油から採る煤煙と、 牛皮から取る膠ですので、戦争ともなりますと、一番先に軍需物資として押さえられてしまったわけです。
ちょうど大正十年頃までは、松の木から採る松煙と菜種油から製造する油煙との二本建ての原料でしたが、 大正十年以後は、アメリカからカーボンブラックが輸入され、墨の原料に利用されました。 その前後に鉱物油(アンソラセン、ナフタリン等)の採煙法がおこり、原料の煤煙も四本建てになりました。 そして昭和に入っては、原料の松煙は主として重油、軽由から製する工業煙が主となり、戦争に入って油類が軍需物資になり、早々と統制になってしまいました。



 「The 墨」 松井茂雄著(前墨運堂社長) 日貿出版社  より