Q.墨の造り方は中国も同じなのですか。

.「煤と膠」を原料とする墨の製法は、中国から伝来したものですから基本的には同じです。
しかし、その配合は長い年月の間に変わってきました。私はその原因は、水と民族の美意識の違いと考えます。
現在の日本の墨造りは、中国の明時代の影響を強く受けています。明代の墨が清の乾隆時代に代表される様な流れの良い、淡墨の美しい墨に変化したのは、中国の水の問題なしに考えられません。
中国の水は硬水で、私達軟水圏の日本人は、あの生水を飲みますと腹痛を起こすことが多々あります。
硬水は軟水に比べて、物を溶かしたり分散させたりする力は弱いものです。日本にも石鹸を使って泡のでない井戸水など硬度の高い水がありますが、それでも硬度は100以下の軟水なのです。
中国の水は硬度300以上の硬水です。この硬水に膠を均一に分散させるためには、分子量の少ない弱い膠を多く使う必要があったのです。
そして石のような硬い墨を造り、細かく磨ることが、硬水にうまく分散させるために最も大切なことでした。
中国の墨の造り方は煤と膠を練り合わせ、その墨の塊を大きな金槌で何百回も叩いて練り合わせるのですが、文献では何千、何万回(千杵・万杵)も叩いたと書かれています。
少しオーバーですが、叩くことにより膠はへたり(弱くなる)、粘度低下を起こします。その墨の塊を木型に入れ、テコの応用で人間の全体重をかけ、硬く締め上げて造ります。
そのため墨は非常に緻密にでき上がります。日本のような湿気の多い国では、この緻密さ故に気候の変化に順応できず、割れが多くなるのはそのためです。この時代の墨を日本の軟水で磨りますと、黒味は少し足りませんが、淡墨では透明感のある美しい墨色となります。
当社でこの淡墨の美しさを表現するために造り上げたのが、「大和雅墨」であり「百選墨」なのです。
この当時の、漢民族の美意識は完璧を美とするもので、陶磁器を見ても私たち日本人には少し暑苦しい感じが致します。
しかし、この時代に完成した紙、筆はそれ以後の書道用具の頂点に君臨しています。紙も筆も墨も硬水の下で、如何に滑らかに柔らかく書けるかを追い求めた、漢民族の美意識の極致なのかもしれません。
一方日本は軟水圏にあり、その水は良く物を溶かし分散してくれますので、比較的強い膠が使えますし、日本人の美意識は黒味の冴えた物、言い換えれば白黒のはっきりした物にすがすがしさを感じます。
また、墨もあまり石のように硬いと嫌がられ、滑らかに磨れてさらりとした書き味が好まれます。明墨の影響を受け、それ以後日本人の美意識に磨かれてきたのが和墨造りと言えます。和墨造りは煤10に対し膠6が標準であるのに対し、唐墨造りは煤10に対し膠10以上となります。