Q.固形墨と墨液の根本的な違いを教えて下さい。

.固形墨と液体墨の根本的な違いは、硯で磨るか磨らないかにあります。当たり前のことですが、大きな違いがあります。固形墨を磨りますと、硯それぞれの鋒鋩の持ち味により変化(分散)しますが、粒子径の幅の広いものとなります。硯の鋒鋩には必ず粗密があり、その鋒鋩が作り出す粒子径を中心として、細かい物から粗い物まで幅広い粒子の存在する磨墨液は、濃い時には重厚さを、淡墨の時には立体感を表現します。言い換えれば硯石が作り出す分散液なのです。  一方液体墨は、工場で造った時の分散状態が基準となり、かつ、液の分散を良くするために、粒子径の揃った原料を使いますのできれいなのですが、濃い時にはやや重厚さに欠け、淡墨においてはやや平面的になります。時間の経過と共に少しずつ凝集沈殿が起こり、この傾向は益々進みます。ただ、膠使用の液体墨は、加水分解による蛋白質の分解があり、合成糊剤使用の液体墨より劣化による凝集が早いので、短時間に新墨から古墨までの疑似的表現を味わえる面白みもありますが、淡墨以外での使用は表具を困難にします。原料面から申しますと、膠の皮膜は硬く割れ易いのですが、透明度が良く製造後3〜5年経ちますと、膠も枯れ独特の冴えがでて参ります。一方液体墨の場合、膠使用製品は、加水分解を抑えるため塩分(ニガリ 主成分塩化マグネシウム)が入っていますので、乾きにくく冴えのない皮膜となります。合成糊剤使用製品の皮膜は、弾力性があり割れることはありませんが、冴えに少し物足りなさを感じます。
  物性面から申しますと、固形墨は膠のゲル化を利用して造りますので、新墨では水温18℃前後(固形分10%程度の普通の濃さ)以下になりますと、急激に粘度が増加し、ゼリ−状に固まる性質をもっています。冬季冷たい水で磨られた時、思うような磨墨液が得られなかったご経験をおもちの方も多いと思いますが、これが膠の性質なのです。年数が経ちますとゲル化温度も膠の枯れと共に下がってきます。このことが、墨が枯れて書き易くなる大きな原因なのです。良い分散液にするためには18℃以上の水温が必要とお考え下さい。一方の液体墨はゲル化を塩分で抑えるか、合成のようにゲル化がないものですから、低温になれば粘度は高くなりますが、粘度曲線はなだらかてす。冬季、屋外でご揮毫の場合は液体墨が適しています。皮膜の点から申しますと、膠の皮膜は硬くて割れ易いものです。表面に浮(墨溜まり)が出るほどの濃墨作品を表具しますと、表具の善し悪しにもよりますが、墨溜まりに亀裂が入ったり、最悪の場合は剥離することがあります。これは膠の皮膜が硬く壊れ易いためです。表具技術は膠の皮膜の弱さをカバ−する技術でもあると思います。膠使用の液体墨は濃墨では表具できませんので論外ですが、合成糊剤の皮膜は前述のように柔軟性をもってますし、乾燥防止剤は塩分のように皮膜に残らず、固形墨より少し乾燥時間は掛かりますが、良く乾燥しますと固形墨より安全です。乾燥時間を少し遅くしているのは、建物の機密性が良くなり、冷暖房の効果で湿度が低く乾き易いため、乾燥による濃度・粘度上昇を抑えるためです。濃墨・超濃墨での作品作りは、合成糊剤皮膜の柔軟性と表具性の良さが必要なのです。