Q.淡墨の滲みについて。

1.筆跡より滲みの部分が澄んだものか、そうでないか。
.墨を造る時に必要な膠の量と書く時に必要な膠の量に違いがあります。
造る時に必要な膠の量が少し多いため、新墨は粘るとか暢びが悪いと感じられると思います。
新墨時は墨自体15〜20%の水分を含んでいます。
冬場はゲル化により内部の水分を吐き出し、気温が20℃を越えますと空気中から水分を吸収して加水分解を起こすという変化を繰り返します。
この間に膠が分解され造る時に必要な膠量から書く時に必要な膠量へと近づいて参ります。
墨の最も変化の激しいのは製造後3〜5年間で、それ以後は墨の水分量もおかれる環境により異なりますが安定して参ります。
新墨はこの3〜5年間に減少する膠の量を織り込んで造っているとも言えるのです。
緻密に造られた新墨の淡墨は、筆跡と滲みの色の差はそれほどありません。
滲みの透明感もあまり感じられませんし立体感も弱いものです。この原因は筆跡の粒子と滲みの粒子が良く似た大きさの微粒子であるためです。
年数の経過と共に加水分解により膠が少しづつ減っていきます。
長い分子が切断され短い分子が多くなりますと、煤も少しずつ凝集して参ります。
微細な凝集体が紙の繊維内部に絡み付き、そこを濾過したより細かい粒子が滲みとなりますので透明感がでて参ります。
また筆跡と滲みの差が大きくなりますので立体感もでて参ります。
この美しさをより良いものにするためにも緻密な墨造りが必要であります。
また墨の保存におきましても湿度の多い所に置きますと、加水分解が活発に起こり膠の分解も早いので、煤の凝集体も大きく育ち墨がボケると言う状態になるのです。
このような墨でも少し膠を加えた水で磨ってやりますと、思わぬ表現ができることがありますので大切にして戴きたいと思います。
墨は湿気の少ない所に保存することが大切なことはお解り戴けたと思います。

2.煤の種類で滲み方、滲みは変化するのか、また膠の影響は。
.均一な固い粒子の油煙の滲みも美しいものですが、一面立体感に欠けると思います。
淡墨で面白いのは、粒子径の幅の大きい松煙系であります。
特に赤松から採る純植物性松煙は木片をそのまま燃やしますので、地中の栄養分である硫黄分や燃焼時の灰分など雑多な不純物が含まれております。
そのため膠の劣化は油煙墨より早く進み、茶系が青系に変化したり、芯と滲みの変化が早く立体感に勝っています。
芯と滲みの変化は、墨の枯れに従ってどんどん変化するものですし、最後は膠分を失い煤の塊の様になり墨としての生命を終えます。
淡墨用の墨は煤の分散を良くし、経年変化に耐えるためにより安定な分子の短い膠を多く使い、より緻密な墨に造ります。墨の寿命も一般の墨と比べて2〜3倍の寿命となります。
加水分解による抵抗力も増し墨の枯れも遅くなりますが、黒さにおいては少し物足りません。

3.筆跡の交わったところに後先の差がはっきり現れるのはどうしてか。
.緻密に造られた墨は、はっきり表れるのが普通です。
古墨になって膠気の落ちた時には、この約束事が崩れる場合があります。これは膠の力によるものです。
淡墨の場合、先に書いた線の筆跡と滲みは膠の力が働いていますので、後からの線は、その膠の力に弾かれて余白のような空白ができ、下に潜ったように見えます。新墨の力が強い時ほど顕著に出ますが、膠の力が弱くなるにつれその余白は小さくなり、最後には後の線が先の線の上に乗るようになります。
墨の方から言えば、膠力の低下によるものですが紙との関係もあります。
また最近の画仙紙の中には現れないものを多く見かけるようになりました。
これまでのトロロアオイ(黄葵)に代わり化学糊が紙漉きの主流になってから多くなったように思います。
化学糊が悪いのではなく、その使い方が拙いのだと思います。これまでに販売されている画仙紙を全国(北海道〜九州)から集めて試験致しましたがほとんど化学糊でした。最近は、分散の強い紙が増えているようで交わりの差の幅が小さくなってきているように思います。
中には訳の分からない滲み方をする紙がありました。
淡墨で汚いものは濃く書いても良いとは思いません。
紙のサンプルを入手した場合、試墨用の墨を決め、淡墨で事前にお調べ戴くことが大切です。

※液体墨では、分散剤や界面活性剤の使い過ぎで、淡墨で使いますと滲みばかりで筆跡の残らない物もたまにあります。分散し過ぎで起こる問題でありますので、普通の濃さ以上でお使いの場合は問題あり'ませんが、筆の毛の脂肪分を抜くことがありますから、ご使用後は良く筆を洗われた方が良いと思います。