墨・和文具のお話し

墨・和文具のお話し (墨2)

■墨の歴史(簡易版)

墨は中国で生まれました。漢時代の墳墓からは、墨書きされた木簡・竹簡が多数発見されており、さらに文献『東宮故事』には、墨についての記述が見え、墨の起源が相当古い事が伺えます。日本では、『日本書紀』に初めて中国の墨について記された部分があり、奈良時代に国産の墨が製造されていたことを『大宝律令』が伝えています。奈良時代に製造されていた墨は松煙墨で、その後鎌倉時代に南都油煙墨、いわゆる奈良墨の製造が始まりました。江戸時代に入り各地で製造されるようになりましたが、実績のある奈良に優秀な職人が集まったため、奈良の伝統産業として受け継がれ、今日に至っております。

■墨の経年と膠量

「墨は古いほうが良い」とよく言われます。墨は時代を経ると、膠が加水分解により減っていき、煤が凝集をし始めます。墨全体としては軽くなり、膠の粘さが減り運筆が軽く、厚みのある黒さが出てきます。現在日本の墨の一般的な膠料は「煤100に対して膠量60」です。この膠料が60から50に減るには、およそ40年が必要です。これだけの古い墨は入手が困難ですよね。そこで、弊社は膠に着目して「膠の開発」から作業を始めて、約40年先の膠料の墨を造りました。昔ながらの「和膠(わこう)」と呼ばれる膠を復活させ、そのキーパーツであるコラーゲンの含有量をコントロールして「煤100に対して膠量50」の墨を造りました。これは40年前の古い墨と全く同じではありませんが、「運筆が軽く、厚みのある黒」は十分表現できると自負しています。

膠量100・60・45の表記は煤100に対する数字です。

■経年による膠量の変化

比較はおなじ原料、膠量で製造の該当年に製造のものを使用しています。煤は直火焚き煙で膠量100の墨を使用しています。経過とともに炭素凝集が進んで粒子径が大きくなっていきます。

磨墨液新墨磨墨液造後20 年磨墨液造後40 年 経年変化により膠が加水分解し煤を巻き込む皮膜が薄くなり煤が凝集を始めた状態 新墨で膠がしっかりした状態

新墨では膠量の多寡(たか)に拘らず煤が均質に分散しています。膠量の多寡は煤を包む膠の皮膜の厚味の差になり皮膜が薄いほど煤の色はより直接的に表現されます。

■膠量の違いによる煤の分散の違い

比較はおなじ煤でないので正確ではありませんが膠料の少いほうが炭素凝集もあって大きな粒子が散在しています。

膠量50 の墨 膠量60 の墨 膠量50 の墨: 同じ膠を使い、膠量を減らすと新墨の間は膠の皮膜が薄く厚味ある黒がしっかり表現でき、早期に煤の凝集が始まり古墨化が進みます。膠量60 の墨: 均質で流動性の高い膠を使い、膠量が多いと煤が細かく均質に分散して透明感のある黒が表現できます。

■墨色の見え方(粒子径で変る反射光)

色の見え方は、その色の"光りの反射率"に関係があります。 光りを全部反射すれば真っ白に、逆に反射せずに全部吸収してしまうと真っ黒に見えます。

膠量が減り凝集が始まり粒子径に大小ができると乱反射を起こして吸収性の黒になり厚味のある黒に見えます。

膠量が多く粒子が均質に近く分散していると正反射を起こして上光りを伴った黒に見えます。    

■墨の成長

墨は古いほど良いと言われます。確かに墨は古くなるほど良くなりますが人の成長と同じように、幼年、少年、青年、壮年、老年期と成長し、変化します。この成長過程も墨の大小、厚み、保管場所によって違いが生じます。保管の仕方によっては、成長が止まってしまうこともあります。

■墨の保存方法

墨は日々の気候条件により絶えず変化しています。墨は生きているのです。湿気の多い日は水分を取り入れ、乾燥し晴れた日は水分を放出し、自然環境に順応して墨は生きつづけ成長しているのです。しかし温度、湿度の急激な変化のある所、直射日光、湿気の多い所、冷暖房機の前等は好みません。四季の影響の少ない所、例えば土蔵のような所が一番よいのですが全ての家庭に有るとは限りません。従って、よく似た所は引き出しの中、箪笥(たんす)の中で直射日光、湿気の少ない所がよいでしょう。

■油煙墨と松煙墨の違い

油煙墨と松煙墨はともに原料の「すす」は植物性の炭素ですが、その「すす」の生い立ちは油煙は油(主に菜種油)を、松煙は松の木片を燃焼させて採取するので、墨の質もおのずと異なります。しかもその「採煙」の方法が大きく異なりその差異はいっそう大きくなります。従来和墨では油煙墨が高級で、松煙墨はその次と位置づけられていました。これは、おそらく昔は油が高級品であったからではないかと思われます。
創作上のから、作品展示の場所の変遷などを含めて、墨色を考えると、作品によってはむしろ松煙墨のほうが重厚さがあり、年代が古くなるにつれて墨色も変化し、濃淡自在の変化もあってより面白いのではないかと思います。

■煤の採り方

松煙

大きな空間で原料を直接燃焼させて採る。粒子の大きさは採煙する場所によって異なります。

油煙

皿の油に灯芯を立て燃焼させて採る粒子の大きさは、灯芯の太さで決ります。  

■煤の特徴

松煙

油分が少なく不均一な粒子の集合体粒子径:30~400nm青墨は大きな粒子に灰分が混ざることで発色します。

油煙

焼き締められた硬い均一な粒子の集合体粒子径:15~80nm。 ※nm:100万分の1㎜

■墨色の特徴

松煙

粒子罫が大きく大小が混在して乱反射を起こし吸収性の厚みのある黒になる。

油煙

粒子罫が小さく均質に分散して正反射を起こし上光りを伴った上品な黒になる。

■膠(ニカワ)について

膠は獣類、魚類などいろいろな動物のコラーゲンという物質を含んでいる骨、皮、腱、結合組織、うろこ、浮袋などの部分からり出されたゼラチンを主成分とするタンパク質の類です。膠は煤(スス)と練ることにより、煤の粒子群の間に入り膠の接着性によって墨としての形を成型する役目があります。次にその形を作ったものを乾燥すると、膠液の中の水分がほとんど除かれ元の乾いた状態に近い膠が残ることになります。この状態になった膠は煤を強く密着させて、普段見られるあの硬い墨形を保たせる役目があります。